感覚にしたがう
身体に良いからと 情報を受け取ってわくわくしながら 試してみるくせがある。
本当に少しの量とか 短期間だけの大量摂取ならまだよいのだが わたしの場合よいとなると
徹底してやってしまう。
反動でよいものは 悪いものに 反転してしまう。
やりすぎ。
身体は正直で 食べたくないとか 飲みたくないとか まずいとか教えてるのに
そういう感覚も聞かないで走ってしまう。
頭優先を今もやってる。
心が出す警告 なんとなくいやだ とか 身体が出す信号 まずいとか
そこに真実があって そちらに合わせるべきなのに頭の思考に合わせてる。
反省。 反省。
それから 意識が 思考や わたしを 創造してるのだからと思い。
身体に 反応しなくてもういいから とお願いする。
身体の大半は 血液でそれは 水なので わたしの身体への願いの波動を入れてゆく。
身体のどこかが 具合が悪いと それまで 手放しきれず握っていた思考から
意識が身体の不具合にいって その思考から解放される。
もっとうまく いらない思考を手放せるようにならなければ と思う。
本当に少しの量とか 短期間だけの大量摂取ならまだよいのだが わたしの場合よいとなると
徹底してやってしまう。
反動でよいものは 悪いものに 反転してしまう。
やりすぎ。
身体は正直で 食べたくないとか 飲みたくないとか まずいとか教えてるのに
そういう感覚も聞かないで走ってしまう。
頭優先を今もやってる。
心が出す警告 なんとなくいやだ とか 身体が出す信号 まずいとか
そこに真実があって そちらに合わせるべきなのに頭の思考に合わせてる。
反省。 反省。
それから 意識が 思考や わたしを 創造してるのだからと思い。
身体に 反応しなくてもういいから とお願いする。
身体の大半は 血液でそれは 水なので わたしの身体への願いの波動を入れてゆく。
身体のどこかが 具合が悪いと それまで 手放しきれず握っていた思考から
意識が身体の不具合にいって その思考から解放される。
もっとうまく いらない思考を手放せるようにならなければ と思う。
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